さて俺は一介のサラリーマンである。何の因果か先代社長に気に入られ何の因果かその社長の息子と知り合い何の因果か部下であるそいつに執着されているのだが、俺はあくまでこつこつと課長という地位を得ているサラリーマンなのだ。だからもちろん当然のごとくネクタイだって持っている。背広とネクタイカッターシャツその他礼儀愛想含めてがサラリーマンの武器で装備なのだから、ネクタイの用法だってもちろん酔いどれて頭に巻くなども含まない至極典型的な使い方である。
しかし今、就業ベルが鳴ったからと調子づいて俺を呼び出し資料室に連れ込み、俺の髪を撫でながら首筋に口づけているこの見目麗しいこの男にとっては少々違うものなのである。要するにこいつは解くのが役目なのだ、とだけ言いたいところだが、時折解いた後に結ぶのだ。――非常に厄介な事に。
「……何を考えているんですか? こっちを向いてください」
そんな事をつらつら考えて、まさにその『非常に厄介な事』から必死に意識をそらしていたというのに、耳朶に息を吹き込むように声を吹き込まれて同時に前の突起を弄られて俺は毎度毎度自分の喉から出るのを信じる事が出来ない声をもらしてしまう。
ふふ、と無邪気に笑う古泉を睨みつけるがああ可愛いですねえと奴の頭の構造が疑われる言葉が返ってきただけだった。ああ忌々しい。
ならば逆に自らの力でもって抵抗しようとしてもそれは叶わず、俺は押さえつけられた下半身を僅かに動かして、我慢できませんか? などと勘違いも甚だしい囁きを受けるだけである。
ここまで説明すればおそらく誰にでもうすうす理解できるだろうとは思うが、まさにそうだ。
これまた何の因果か俺は今、自分のネクタイで両手首を結ばれ机に押し倒され抵抗できないという、自分がうら若い乙女であればどこのアダルトビデオだとも形容できかねない状態にいるのだった。
呆れるほどの早業で俺の手首を縛りあげた男はそれはそれは嬉しそうに俺のそこを撫で上げまたもあっけなく俺の背広のズボンをずり下げブリーフの上から割り込んだ膝をぐりぐりと当ててきた。ああ、と思わずため息を漏らすと、ほんとこらえ性が無いですね、だとか言っている。
しかしそれで余裕をかましているつもりであってもなんだかんだとその琥珀色の瞳にともるのは欲情一色でさらにいえば奴の背広の下は明らかにあれで盛り上がっていた。どっちがこらえ性が無いんだといい返してもいいのだが、その仕返しが濃厚なものになるのは目に見えているのでいつも寸前で止めている。こいつは俺に関してはいやになるぐらい研究熱心なのだ、しょうがない。
案の定古泉はブリーフにくやしながら濃い色の染みが広がった時点で膝を引っ込めて俺のそれを外気に晒し、どこからか取り出したクリームを俺の前に垂らして自分の指にもつけると、前から後ろを撫でるようになぞって俺が声を上げた後性急に二本指を突っ込んできた。あぁ、だとか声が漏れるのは勘弁していただきたい。男は快感に正直なのである。
そしてさらに三本に指を増やして暫く俺のそこをぐにぐにと弄っていて、ぐちゅぐちゅだとかいう水音までたっていた。それに違和感が今更あまりないというのは本当にどうしてだかなあ、とまた思考をそらしていると、
「ねえ、どうします?」
という一言が降ってきた。実に忌々しい事に最近古泉はよくこういった事を言う。前どうしてか聞いてみたところ『言葉攻めというものを学びましてね』という事である、全くもって忌々しい。
そして更に忌々しいのはいくら思考を逸らそうと昂りきったこの体で、正直に古泉の指をもっと奥へ誘おうと蠢いている。しかもなぜ思考を逸らしていたのかというと、悲しいかな、そうさ、本筋に戻れば古泉の細く長い指が俺のいいところを掠めてゆくのを俺は実に残念に思っているんだよ。
「俺のいいところを、古泉の指で、弄ってください」
耳に囁かれた言葉をそのまま口にすると、古泉ははいとまた満足そうに笑って、俺の望み通りの所をこすりあげる。途端電流が走ったように俺の体は跳ねて、あ、あぁ、とまた声をあげてしまう。今度は声をこらえる暇もなく、唾液が口の端からこぼれおちてゆく。
いいところを指の腹でこすられ爪を立てられて散々弄りあげられ、気をやる寸前まで行った時、古泉がふと手を止める。このまま指が抜かれて古泉のものが入ってくるのか一度イかされるのだと思っていた俺が不思議そうに古泉を見上げると、古泉はまたネクタイを解いているところだった。今度は自分のものである。
ぼんやり疑問に思いながらそれを見つめていると、古泉は俺の高ぶりきったそれをつつくと、酷く嬉しそうにそれを件のネクタイで絞め上げた。圧迫感と開放されない快感が背筋を走りぬける。
その上お前いかせないつもりかという暇もなく、すぐ古泉のそれが入ってきて――俺は嬌声とも悲鳴ともつかない声を上げた。我ながら色気もくそもなかったが、その分古泉がひどいのだ。
指とは比べ物にならない質量のそれで、指でいじられていたところと、それよりもっと奥もこすりあげられて揺さぶられて、俺はもうイってしまいたいのにどうにもならない。涙がにじむのが分かるけれどそれもこの身の内で疼く熱さのせいなのかそうでもないのか分からない。
そして古泉がぐっと腰を引き、一気につきあげたその時、俺の中で何かが弾けた。
「あ、あぁ、ああぁ…!」
一瞬真っ白になった視界、びくびくと痙攣する体と余計に古泉のものを締めつけいやらしく声を上げたらしい自分に驚く暇もなく古泉に脇腹を撫でられて、それにすらひどく感じてしまう自分に困惑するまま、あぁ、と声をあげてしまう。
「いや、なに、いや…こいずみ、いや…!」
「おやおや、何にも出さないままでイけるんですね。いやらしいことだ」
そう言いながら古泉は笑って――また一層大きく俺の中を突き上げた。
その後さんざんいかされた。出ないというのにイくというのはもう何が何だかわからない現象で、相当きつくてたまらなかった。最後にようやっとネクタイを解いてもらった頃には相当恥ずかしいセリフを吐いていたのだと思うがもはやそれすら覚えていない。ついでに朝起きると古泉の家だった。
「すみません、久しぶりなので、つい興奮してしまって」
「もういい。お前が激しいのはいつもの事だ。ネクタイで縛りあげまでするとは思わんかったが」
気だるい体で起き上がり、腰をさすりあげる。ああまったく、手首に跡が残っているじゃあないか。一日は外に出れんな、今日が休日でよかった。
「だってあなた、時間が出来たから会いに行ってもいつも抵抗するじゃないですか」
「それが照れ隠しだとか言ったのはお前の方だろう」
「そりゃあそうですけれど」
もうすこし素直になって欲しいものです、だのと勝手な事をのたまう三歳下の男の溜息に、俺もため息をついた。どうしてこうこの男は察しが悪いのか。
「あのな、古泉。お前が俺に前もって連絡せずに会いに来る時はいつも会社で抱こうとするだろ。資料室に連れ込む知恵が働くならTPOを考えろ。俺はこの家でそういう事をやった覚えが覚えが最初の一回とその後四回ぐらいしかないんだぞ」
え、と古泉がうつむいていた顔をあげて俺を見つめる。俺にこれだけ無体を強いておいて、何を驚く権利があると。それともお前にはオフィスでやると一段と興奮するとかいうパブロフ的習慣がついてでもいるというのか。
「すみません、ええと、でもその貴方はどうにも忙しくて…この家は実家から離すようにしましたから、会社には少し時間がかかりますし、ご自宅に帰らなくてはならないときだって…」
はー、とさらに長く息をついて、俺は出来るだけ平静を装って――非常に色気のない形ではあるが俺だって三十路に入りたてなのだ勘弁してほしい――一世一代級の告白をしてみた。要するにと言っても要約できるほど短くない一言、しょうがないから一緒に住むか、というやつを古泉に囁いてやったわけだ。案の定古泉は固まってしまったのでシャワーを浴びるべくベッドの外に出る。一寸キスでもしてやろうと思った自分の頭が恨めしいが、まあ仕方ないだろう?
悔しい事に、前やってから二週間、なんだかんだと駄目になってしまったのは、俺の方だって同じなのだ!