社長室のドアを開けると、そこは密会現場でした。
そんでもってグラマーな秘書に押し倒されているのは、社長兼俺の恋人でした。終わり。
「失礼しましたー」
「ああっ、ちょっと待って下さいキョンさん!」
うるさいぞ古泉。俺はお前より十歳ほど年上ではあるが、そういう事に関しては寛容なつもりだぞ。若い性は大変だな。
「これは誤解、誤解で――」
「古泉、いえ社長」
「はい?」
あーだからな、この目に滲むものは汗だ。そうアレだ、心の汗。うんだから気にするな。
「今は勤務中です。そういう事は、社外でお楽しみ下さい」
そう言い捨てて廊下を走り出す。そうだな言ってる事と行動があってないと自分でも思うさ。ついでに後で筋肉痛だろうな。でも走らずにはいられないだろ。
心の中がミシミシいって、どうにもならない思いを、声なき声で叫ぶ。
古泉の、浮気者。
どうやら俺は思ったよりも繊細だったらしい。定時に仕事を終わらせると真っ先に奴の家へ行って鞄に荷物を詰めている。あーばからしいな自分。洗面所の二本の歯ブラシにときめいてるひまないだろ。その間に古泉はグラマー美女と浮気だぞ?
情けないな。あんまり情けないので出て行くのだ俺は。とりあえず家の確保が心配だが。古泉に口説き落とされた時点で素直に家引き払っちまったもんなあ。とりあえずホテルにでも泊まるってのが順当か。古泉、慰謝料代わりにタンス貯金からちょっとばかり貰ってゆくぞ。じゃあな。
「キョンさん…!!」
すっかり津軽海峡冬景色的気分になったところでドアを開けると、息を切らした古泉が立っていて、その頬には平手打ちの跡がくっきりついている。
「ご、ごか、誤解…誤解です!」
おい、もっとはっきりしゃべれ古泉。きこえんぞ。と言うわけで俺は出て行くさようなら。
「誤解ですと…何度言ったら分かって下さるんですか」
「分かってるぞ。最初からな」
「はい…?」
「もうこりごりだ。だってお前、もてるだろう。今は俺への愛とやらでどうにかするかもしれん。だが考えてみろ、十五年も経ったら、お前が四十の時俺は五十だ。いくら俺がお前の世話係だった頃からの執念の十五年愛とはいえ、いつ冷めるか分からん。俺はそんなのはまっぴらだ」
そういうと古泉はぽかんとした顔をした。なんだその顔は。俺は真剣に言ってるんだぞ古泉。聞いてるのか。
「いえ、でも貴方…自分がどんな顔をしているか分かっていないんですね」
は? 俺は決然と別れを告げているつもりだが?
古泉が俺の頬に手を伸ばす。途端に液体の感触がした。
「泣いてますよ。貴方。ふふ、可愛い…」
いやでもお前な。お前も泣く事ないだろ。
「良いじゃないですか。安心したんですから」
そのままキスされて、俺と古泉の涙が混じって、ああ、もうどうしよう。涙が乾いて冷たくて、キスしている唇とか、スーツの裾から入ってくる手のひらとか、触れているところが全部熱い。
そのままベッドになだれ込んでしまった俺は、相当の阿呆かもしれないが、何故かそうしていると大丈夫な気分になったのだから呆れてしまう。でもな古泉、多分おそらく確実に、こういう事は生涯一度きりって訳にはいかないんだぞ。いいのかこら。
「いいじゃないですか、貴方相手なら下になっても良いぐらい、僕は貴方を大好きなんですから」
そういう古泉に免じて、俺は今回はおとなしく、抱きしめられる事にした。