Maybe Blue Moon
俺の同居人である古泉一樹は、はっきり言ってもてる男である。
ご飯がまずいと言ったら振られたという報告を受けた一週間後には早々と次の彼女を獲得し、二週間後にはその彼女の部屋へ転がり込んで帰ってこないという、まさにどこのイタリア人ですか状態。
一方部屋に残された俺といえば、奴の分まで家事をし、奴が返ってくるのを待つ。勿論、彼女いない歴イコール年齢というやつですが何か? 的生活だ。
といえば古泉が嫌な奴のように思えるものだが、実のところそうでない。彼女の家に転がり込んでいるにも拘らずシェアした分の家賃はきっちり渡してくるし、帰ってきたら俺の言うとおりに家事の当番の溜まっていた分をこなしてくれる。なんだかんだと気が合わんということもない。
そんな感じの同居人と共に、時々一人暮らし、時々二人という奇妙な生活を俺は送っていたのだが。
その同居人の挙動が、最近どうしようもなく不審なのだ。
事の始まりは、やはり奴の女癖に端を発する。
随分前から彼女のご飯がまずいという素晴らしく自分勝手な理由で彼女に部屋を叩きだされる事を繰り返していた女心の分からない古泉一樹青年は、とうとう何番目かの彼女に刺されてしまったのである。
その連絡が入った時、付き合いで合コンをしていた俺の心臓は跳ね上がったが、どうにか助かった後だったのでほっとしたのを覚えている。驚きつつも彼を病院に迎えに行き、またも二人の暮らしが始まった。
まあだがあのイケメンであんちくしょうな古泉一樹の事である。たまっている家事の当番を終える頃あたりに、刺されたことにも全く懲りず、またどっかから放っておいても寄ってくる寄ってくる彼女を獲得してくるのであろうと俺は思っていた。
しかし、違った。
怪我も治り、しなかった分の当番も終え、三か月経ってなお、古泉の周りには女の影がちらつくことすらないのだ。
普通に大学に通い、普通に友達と話し、たまに遊び、そして家に帰ってきて俺と食事。そんな毎日を随分ときっちりと送るようになった。
はっきり言おう、不気味である、と。
食堂で一番安くて量のあるD定食を盆に持ち、席を見つけて座ろうとした時、現在進行形で俺を悩ませている張本人、古泉一樹が声をかけてきた。
「ああ、キョン君。偶然ですね。隣、いいですか?」
「まあいいが。あとで女友達が来るが、引っかけるなよ」
「ひっかけませんよ。そんな事言わないで下さいよね、キョン君」
ためらいなく応える古泉。その台詞にとてつもない違和感を感じる。
『うーんどうでしょう。今フリーですし、案外ころっといってしまうかもしれませんね』だとかふざけたことをぬかしやがっていたはずなのだ、今までの古泉ならば。
まさか刺されたショックで頭がかわいそうな事になってしまったのだろうか。いや、いい方向に修正されたのか?
どっちにしろ古泉らしくない。以前友達が古泉に惚れたおかげで厄介な昼ドラ的展開を目の当たりにする羽目になった俺としては助かるが、どうしても不自然だ。
しかしまた、こんな事に悩むのはとても面倒くさいものである。
もういい、とっとと聞いてしまおう。それが解決への早道だ。それで友人関係に支障が出るようなら、元々同居などするわけがない。
「なあ、古泉。お前、もう彼女作らないのか?」
「え? どうしたんです、急に」
古泉の表情が引き攣る。まあ急に聞いたしな。
「お前あの時から変だろう。彼女がいない時ほぼなかったくせに今は泊まりもなしだし。刺されても女好きは治らんと俺はふんでいたんだがな」
「あのですねえ、僕だって流石に刺されたんですから懲りますよ。…しばらく彼女は作りません」
苦い表情で古泉が答え、昼食の方へ向き直っていただきますと手を合わせる。
「そうか。なんか意外だな」
「キョン君、君僕をなんだと思ってるんです…。僕はきちんと恋愛には向き合う方だし、学習だってしてるつもりですよ。今まで二股もかけたことないですし、刺されたら懲りもします」
「そんなもんか」
「そんなものですよ。それよりご飯さめますよ、食べましょう」
「ああ」
なんだかうまくごまかされた気もするが、よく考えたら俺の言い分より古泉の言い分の方が筋が通っているのは確かだ。そんなもんなのだろう、実際。
「すみません、お弁当作れなくて。そのかわり、今晩は腕によりをかけてて夕食を作らせて頂きますよ」
「いらんぞ別に。おまえが張り切るばっかりにうちのエンゲル係数はだだ上がりだ。おまえの分の生活費入れても確実に増えているんだからな」
その後はそんな感じで、たわいもない話をして過ごした。
待ち合わせていた女友達が来ても古泉は本当に引っかけようとはしなかった。
内心結構びっくりした。高校の時からの古泉の女好きを押さえ込むとは、やはりトラウマ恐るべし。
しかしどうして、古泉は長門を睨みつけていたのだろう?
それだけが分からず、俺は首をひねるばかりだった。
END
あの時の絵チャットに参加していらっしゃった方々に捧げます。どうぞ、煮るなり焼くなりご自由にして下さいませ。
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