これは大切なものなんだよ、だから守っておやり。
そう言って地に堕ちる前に父が渡してくれたものは、小さな小さな卵だった。
悪魔と恋に落ちて下界に行ってしまった父の思い出は少ない。けれど僕は不思議と父が誠実な天使であったこともその恋が否応なしに始まってしまったことも知っていた。そのせいか僕は同じような境遇の者達よりは幾分か素直に育ったし、実は僕と同じ天使が眠っていたらしい卵も孵すことが出来たようだった。
「まあ、馬鹿正直に掌で包んで大切に持っていただけなんですけどね。いきなり小さな貴方が出てきたときはそれはそれは驚きまして、危うく取り落とすところでした」
「…そうかい。まあ予想はついてたけどな」
はー、と彼が一旦転がって体をひっくり返し、枕を抱え込むようにしてため息をつく。
「お前はそういう奴だよ全く。なんでお前みたいなやつを親にしようと思ったんだろう…昔の俺に聞いてやりたいよ」
「それはすみません」
いくら父が堕天した意味を知っていても天界で独り暮らさなければならなかった故に癖のようになってしまった笑顔を浮かべると彼は枕から顔をあげてこっちを見た後、ふてくされたような顔になってふい、とそっぽを向いてしまった。
「おやどうしたんです?」
その仕草が可愛らしくてこみあげてくるままにくすくすと笑いながら彼の羽を撫ぜると、一瞬羽を揺らした後で、
「…お前のそういうところが嫌いだ」
ポツンとそんな言葉が落とされて、思わず困った顔になる。
「おや。困りましたね。愛想を尽かされてしまいましたか。まあ僕はここでは異端ですし、もっと別の方のところに行ったほうが貴方ももっといい暮らしを――」
「だから、そういうところだって!」
ばしんと枕が投げつけられて視界が塞がれる。枕が落ちて開けた視界の向こうでは、彼が涙を流していた。
「いつもいつもお前は…そうやって言うんだ…! そのたびに俺がどんな気分でいるのか分からないだろ!?
畜生馬鹿野郎…」
こんな時ぐらい、もっと別の事言えよ。
そう言ってしゃくりあげる彼を僕は思わず抱きしめる。彼の体温が温かかった。
十日前、初めて彼を抱いた。僕からか彼からかよく覚えていないけれど、深いキスを一度してしまうともう止まらなかった。
そして今日も欲望を止められず、彼が受け入れてくれるままに彼を抱いたのだ。
彼を悲しませる僕が悲しい。悲しんでくれて慈しんでくれる彼が愛しい。
「愛しています。愛していますよ、キョン君。どこに行っても、それは変わりません。
だからごめんなさい、僕はあなたを離さない」
「だから、謝んなよう…」
素肌が触れ合って、それがとても暖かくて、僕も泣きそうになってしまう。
違いますよキョン君。口で謝るのは、僕が本当は後悔していないからだ。この気持ちを捨てるつもりがないからだ。
愛しています、ともう一度告げて彼にキスをする。これが見つかれば二代続けて天から落とされることになる。それでもいい。彼と一緒にいられるなら、僕はもうそれでいい。彼がそれを望まなくとも構うものか、道連れにするまでだ。
父は今どこで暮らしているのだろうかとふと思う。もし会えたならばまず礼を言おう。卵をくれてありがとうと。
悪魔とどうしようもなく恋に落ちていった父の気持ちが、今の僕には少しわかる気がしますと彼にいえば、彼は泣きながら笑って、僕の胸に口づけを落とした。
End.
↓反転で後書きです。読んでやろうという方はどうぞ。
→かるみさん宅の絵茶にて勝手に書いて勝手に捧げたものを加筆修正。あの素晴らしい天使たちにはかないませんでした。あの絵茶にいらっしゃった方々に捧げます。
というかもうそろそろ自重したほうがいいかもしれない。絵茶で字を書いて押し付けるとか失礼かもしれない、と少し思ってしまいます。
褒めてくださった方々、有難うございました。←