俺と奴がまあ、そういう関係になってから一ヶ月もの月日が経ったわけであるが、その間に俺は実感していた。古泉一樹という人間は、実に楽しい男である、と。
人前では笑顔を絶やさず、しかし恋人…そう、恋人たる俺の前ではもう何というか百面相。俺の一挙一動に勝手に泣いたり笑ったりと実に忙しく、かといって俺の意志をあくまで尊重する。強引に頑張らせたところ、やっと二人で出かけている時に十秒ぐらい手を握った、それだけである。しかもその後不覚にも顔の火照りがなかなか引かなかった俺の横で拳を握って「僕は紳士…僕は紳士……紳士なんだぞ古泉一樹…!」とかぶつぶつ言っていたあたり、もう楽しすぎる。
その時は鉄壁の自制でもって笑いを堪えた俺であったのだが、さすがの俺であっても、今目の前に広がる光景に遭遇した時点で、最早俺の理性は崩壊したといって良かった。
――腹が痛い。引き攣った声が喉から絞り出される。呼吸困難で肺腑がミシミシいうが、しかし地面に這いつくばった俺はそれを止める事が出来ない。
「ちょっと! ひどいですよキョン君!」
いやだってお前、それないだろそれ。もうこんなの笑いの神が笑えといっているしかないだろうお前。
「あ、貴方と僕って恋人じゃないですか! 僕だって恥ずかしいんですよぉ!」
半泣きになった古泉が叫ぶ。その制服の前はボタンが一つほどはじけ飛び、いつもの古泉らしくない服装となってはいたが、そんな事はどうでもいい。問題はその下だ。とある拍子に裂けたズボン。裂けたとはいえほんの一部だったのだが原型は保たれており、多少ずり落ちてはいるもののかろうじて服という役割を果たしているのだが、問題はその裂け目である。
社会の窓と呼ばれる部分、そこに入った裂け目。
そして、そこから覗く、――ふんどしだったのである。
ふんどし。今時ふんどし。何時も気障ったらしい服装をまた素晴らしく着こなしている古泉が、よりによって下着はふんどし。
いやいや古泉押さえるな。ふんどしといっても我が国の誇る文化の一つだ。そうさ堂々としているがいい。何も恥ずかしい事はないんだ。
「さっきまで大爆笑していた貴方の台詞ですか、それ。笑いを堪えてるのが見え見えではないですか」
「まあまあ。確かに良いよなふんどし。最近はブランド物も登場したっていうし、お前の事だからそれもお高いんだろ?」
「違います! これは森さんが強引に渡してきたんです。そりゃあ遠赤外線とかいってたから高いかもしれないですけど、僕の趣味じゃありません!
い、一回だけ試しにはいてみようかなって…つけてみただけなのに…!」
「古泉、お前も男だ。恥はかき捨てだぞ? お兄ちゃんはなんか嬉しい。というか楽しい」
「誰がいったいいつ貴方の弟になりましたか!」
「そうカリカリするな古泉。人生思い通りにならない事の一度や二度はあるものさ。それを打開するのが楽しいんじゃないか。キスがなかなか出来ないからレモンにキスをしてみたり、チョコレートが先に下駄箱に入っていたからそれを捨ててみたり…!」
「そんな嫌な切り開き方したくないです! 何ですか貴方は! 笑うのなら笑って下さい!」
「そんな…大切な恋人がふんどしをはいているのをいつまでも笑っているなんて、ひどい事は出来ないさ…ぶふっ」
堪えきれずに吹き出してしまったのを見て古泉は本格的にその琥珀の瞳に涙を溜めて、キョン君ひどいですー! と叫んで座り込んでしまう。
次の瞬間には嗚咽である。ぐすぐすと、時にしゃくり上げながら、キョン君、ひどいです、ひどいですう、とか言っている。
「…ほんとはですね、うまくやればあなたのキスをどさくさに紛れて奪えるかな、とか思ってたのに。
なんで僕がこんな格好でここにいると思ってるんですか」
そういわれて辺りを見回し、倒れている面々を見て、俺はさすがに頭をかいた。ああうん、ごめん、ちょっとやり過ぎた。そうだよな。
お前、俺を狙ってきた機関の対抗組織の刺客、倒してくれたんだもんな。
「まあまあ。6人中3人はお前のふんどしで気を取られている隙にノックアウトできたんだし…」
「ふぅえぇぇぇぇぇえ!」
古泉がさらに縮こまって声を上げる。その手が奴らに切り裂かれてふんどしを覗かせたズボンを押さえている。そう恥じるなよ古泉一樹。
「あ、貴方には分からないと思いますけどね、社会の窓全開な上にふんどしを恋人に…」
「良いじゃないか別に。助けに来た時のお前、本当に格好良かったぞ?」
その言葉に、え、と泣きっ面で古泉が俺を見上げてくる。
俺はそのハンサム台無しの、実に楽しい男の顎をつまみ上げ、望みのものをくれてやった。