ひとみ

 ここのところの僕にとって、彼、と言われればたいがいは神の鍵を指す。初めはわけもなく憎悪を募らせたり怒らせてしまったりとまあ色々あったわけだが彼の許容範囲は以外と広く、僕が彼に手なずけられる、つまりはいわゆる友人としての好意的感情を抱くのに何ら支障はなかった。幸いなぜか彼も僕を友人として扱ってくれる。
 そして僕の役割と言えば彼も知っている通り超能力者で、何かと怪我や生活態度の乱れが多いが故にそこまで親しくなればそれは簡単に露見してしまうわけで、僕がそれなりに気を使って隠していたものをみつけたどうにもこうにもお人好しな彼が僕の部屋に出入りするようになり、彼の姿がすっかり僕の部屋になじむのにそう時間はかからなかった。
 怪我をすれば介抱を部屋が汚れれば掃除をと、そこまでしてくれる彼に僕は本当に頭が上がらない、そんな関係に僕と彼は気がつけばそうなっていたのである。
 今日もそれは変わらない。学校で少し調べ物をして帰ると彼がいて、またこんなに汚しやがってと言いながら掃除をしてくれて、ついでだよと言いながら夕飯を作ってくれる。
 夕飯に舌鼓を打ちつつありがたく全て平らげると彼がにこ、と満足そうに笑った。
 それから彼を送り出して、危なそうなら家まで送っていって、が日課だった、はずなのだ。
 なのに、この眼前に光景は何だろうか。
 見なれた僕のベッド。押し倒された僕の体。そこに跨って制服のシャツのボタンをはずしていっている彼。あらわになる首筋、は、と熱い息に僕は動けない。
「こいずみ」
 彼が僕を呼ぶ。恥ずかしそうに頬を染めながら。それも僕は信じられない。
 なんだ、いったい何が起こっているんだ。

「なあ、だいて?」
 だいて? ダイテ、だいてってなんだ。ああそうか、抱いてね。彼は僕に抱いてほしい、と。そう納得したとたん僕は何とか彼の下から脱出しようとしたががっちりと止められてしまった。ちょっと待ってくださいそんな力どこから出てきてるんですかあなた信じられませんよ僕より細身なのに、ああそうか筋肉か、でも僕も鍛えてるんですってばあ…って!
「ぬ、脱がさないでください!」
「なんで。俺、古泉に抱いてほしいのに」
「だからそこを待ってくださいって言ってるんです! どうしていきなりそうなるんですか!」
「我慢できないから?」
 くり、と首をかしげて頬に人差し指を当て、上目づかいにその深い色の瞳で見つめてくる仕草がどうにもこうにも目に優しくない――はずなのに僕の心臓は跳ねる。ちょっとまてなんでだどうしてだ。こんなの彼らしくない、そうだもしかして、
「すずみやさ」
「ハルヒは関係ない。俺はずっとお前いいなあって思ってたんだ」
 だからいろいろ頑張ったろ? お前と俺、すごく仲良いよな。そういう彼に僕は何も言い返せない。もしかしていつものアレはこのためにやっていたのか? 僕が彼を拒まないように?
 混乱している間に彼は自分のシャツを脱いでしまって、上半身裸になっている。その白い肌がまぶしくて、いや駄目だ、だめだ僕、惑わされるなと首を振っているとはあと彼が熱い息を吐いてその熱を持った指で僕の頬に触れた。その熱が僕まで伝わりそうで、体の奥からも湧いて出てきそうで、僕はどうにもできない。
 彼が僕のシャツのボタンをはずしにかかる。胸に手が差し込まれて彼の熱っぽい指が胸を這いまわる。
「だめです、キョン君、だめ…」
「どうして?」
 そう言って見上げてくる彼はとても扇情的だった。こんな仕草どこで学んだんですか貴方。天然なら恐ろしいことこの上ないですよ? 絶対お断りですからね。
 だからそう、僕の腕が動いているのは錯覚だ。彼の脇腹を撫で上げてなんてない。断じてない。
「あは、こいずみ…」
 けれどそんな僕を見つめながら幸せそうに彼が笑う。だめです、そんな笑い方したら。なんか変な世界の扉が開きます。だからだめです、そう言いたかったけれど口から出るのは駄目です、だけで、彼はそんな僕にまたにっこり笑い返して、
「駄目はこまる。一回だけで、いいんだ。一回でいい」

 だいて。おれのぜんぶ、あげるから。
 その言葉に世界が揺れた気がした。
 
 揺れるついでに何かきれたらしく僕は気がつけば起き上がって彼に口づけていた。舌が絡んで唾液が熱くて、それを飲み込めば甘露の味。
 唇を離す。彼が名残惜しそうにつばを飲み込む。白いのどが上下するのも色っぽい。
 どうしてだろう、どうして僕はこんなことを。どこからおかしくなったのだろう。
 こいずみ、と彼が舌足らずにささやいて、僕を見上げてくる。その濡れた眼差しが僕の世界をまた揺らす。
「駄目ですよ」
 唇の端がつりあがる。ああ、そうか。そうだったのか。
「一回だけなんて駄目です。到底足りるものじゃない」
 彼の体を押し倒す。期待に震えるその体、その――瞳。
 ああこの目だ。この瞳で僕の世界は揺れる。押し倒されたその瞬間から、もしかすると初めて夕食を作ってもらったとき、その瞳で微笑みかけられた時から、僕はこの瞳に、そしてこの瞳を持つ彼に、どうしようもなく囚われていたのだ。
 こいずみ、と彼が声を上げる。はい、と目じりに口づけると、熱い彼の体も揺れた。



後書きです。読んでやろうという方は→から←までを反転でどうぞ。
こさじ様宅にて。目指したものは可愛いキョンです。でもなんかガチキョンになりました。あれ…?
 なんか絵茶の絵に萌えたので勝手に書いて勝手に捧げてしまったです。押し付けてしまってすいませんという感じです…はい…。褒めてくださった方々本当にありがとうございました。
 あの絵茶にいらっしゃった方々に捧げます。


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write:2009/5/12-