Crash!
バレンタインは結構な行事だと思う。
確かにお菓子会社の策略に振り回されている感は否めないが、外国では恋愛ばかりでなく友情を深めるためにも行われるそれなりに文化のある行事であって、プレゼントを授受する側にとっては楽しいことも確かだ。
僕の場合、顔が良いことと――彼にいわせればであるが――無駄に外面が良いことが相まって、結構な数のチョコレートを女子の方々からクラス内外問わず頂くことが出来るので、毎年紙袋を持って行ってそれを集め、チョコの贈呈主達が帰った後で「ほら食うぞー!」と、北高に転校してくる前は友人達にばらまいていたものである。
しかし、今年は違う。
僕は今あの田舎の電車がほぼ30分置きにしか来ない中高一貫私立進学校ではなく山の上にあるとはいえ交通の便の発達したところにある県立北高に通っている身で、しかも『素』の自分というものが出せないという枷がついているので、友人達とチョコレートを頬張ることはまず無理だし、その上なんというか不毛な恋というやつをしている。
いや、不毛な恋といっても望みはある。僕に対する彼の態度は、望みがあると期待して良いと思わせるぐらいの、なんというか甘酸っぱい雰囲気を漂わせている気がする。
しかしいくら甘酸っぱい空気が頻繁に漂おうと、そう確信することは出来ない。同性愛というハードルはなんだかんだいってエベレストよりも高くなりうるのだ。僕が彼の美しくも寛大な友情を勘違いしているという可能性だって否めない。
よって僕は賭に出ることにした。
このバレンタイン、彼にチョコレートを渡して告白する。
どっちかというと彼を押し倒してあんな事やこんな事をしてしまいたい側の僕ではあるが、女性の秋波に僕だけでなく彼もさらされるであろうバレンタイン、女性の秋波に僕が混ざっていけないことがあろうか。
…いやない、と反語で断定できないのが虚しいのだが、とにかく僕は限界なのだ。この機会に他の女性――例えば僕には遺伝子的に備わっていない魅力と神のごとき力を備えた涼宮さん――に奪われるとも限らない。
だから、玉砕覚悟でチョコレートを渡す。そして告白する。とにかく僕が彼に恋愛感情を抱いているとはっきり認識させることが肝心だ。彼が僕に感じているものが友情ならば恋愛の方向にシフトさせるのが第一歩なのだ。口をきいてくれなくなるかもしれないが、その時は諦めよう。とりあえず泣いて泣いて泣き明かせばいいのだ。そうしたら人間というものは基本的にすっきりするはずだ。
というわけで、バイト料を三千円ほど引き出して専門店のチョコレートの値段の高さに目を白黒させながら本命チョコとふられた時にやけ食いする用のチョコレートを購入した。恋人に渡すわけでもなくそこまでの技術もなくそして何より男同士という状況からしてそれがベストなはずだ、という自分の判断を信じて。
そして迎えた当日、僕は弾むというよりは嫌な音を立てて全身に冷や汗を送る心臓の鼓動を必死で抑えながら部室に向かった。彼が見たらどこの少女漫画かというぐらいの量のチョコレートが入った紙袋を手に持って。
ちなみに下駄箱にはなぜか一つだけしか入っていなかったが、それによって推測される状況を示して見せたとある漫画の事は故意に忘れておくことにする。ゴミ箱に捨ててあった包装紙がちらりと目に入ったが、確かめるとものすごく後悔しそうな気がしたし、すでに目敏く見つけた男子達が貴重なる誰かから…「誰か」へのプレゼントを救出にかかっており、僕はその脇を努めて自然な態度で横切ることに成功したのだから知らぬが仏、深く考えてはならないのである。
部室の前で足を止め、深呼吸。この緊張を彼は勿論、涼宮さんたちにも悟られてはならない。僕は何時も平静なSOS団副団長なのだ。
体と心を深呼吸を何度かして無理矢理落ち着かせ、ドアを開けると、そこに彼はいなかった。ついでに涼宮さんもいない。どうやら五組の授業が長引くか何かしたようだ。
少しほっとしながらも平静を装い、何時もの定位置に座る。朝比奈先輩が持ってきて下さったお茶に礼を言って口をつけ、長門さんが捲る本のページの音に耳を澄ませながら彼を待つ。
「古泉君、今日は少し大変かもしれないけれど…頑張ってね」
「はい、朝比奈さん」
今年朝比奈さんは受験だが、機関からの情報だとどうも良い判定がでたらしい。なので、遠慮なく今年も涼宮さんはなんだかんだとイベントを考えているのだろう。去年は山で宝探し、だったか。今年はいったい何なのか。鞄の中のチョコレートの柄を思い出しながら考えた。
結局涼宮さんが実行したのは、部室棟のあちこちからチョコレートとフォンデュセットを探しだし、チョコレートフォンデュを皆で楽しむという企画だった。
一通り味わった後、皆さんへのチョコレートを差し出すと、先を越されたか、と彼が憮然とした顔で呟いて綺麗な包みに入ったチョコレートを取り出し、涼宮さん以下SOS団の皆を驚かせた。その時の拗ねたような顔もどうしようもなく可愛く見えてしまった僕はかなり彼にやられているのだと思う。
しかしその後が肝心なのだと思うと再び心臓が弾みはじめて、それを顔に出さないよう相当苦労しなければならなかった。
そしてその時はやってきた。物騒だし先輩の受験もあるからと、早めに帰ってしまった女性三人組と別に、僕らは後片付けをすることになったのだ。
涼宮さんの元気な足音が遠ざかり、完全な静寂の中で洗ったセットを箱にしまい、片付けが終了する。よし、今だ。
鞄を開いて奥にしまい込んであったチョコレートに手を伸ばす。さあ勇気を出せ、勇気を出すんだ古泉一樹!
「あの、―――さん」
「古泉、俺はお前が好きだ」
……はい? 今なんておっしゃいました?
思いっきり意気込んで彼に呼びかけたところで、僕は予想外の彼の言葉と、恥ずかしそうに差し出された包装済みの箱に、思考を一瞬停止させることになった。
だがしかしそんな様子の僕に構わず彼は嫌にすっきりしたような顔になって話を続けるわけで。
「製菓会社の罠にはまってるようで癪だが、まあそういうことだ。ちなみに受け取りを拒否した場合は殴った上での徹底無視だ。それは嫌だろ? なら受け取れ」
「あ、あ…ありがとう、ございます?」
ようやく絞り出した声に満足げに頷き、彼は僕の手にチョコレートの箱を握らせる。彼の地元が誇る生チョコレートだから味わって食え、という一言に、僕は呆然とした頭のまま頷くしかできない。
「おーい、大丈夫か?」
彼が目の前で手を振る。いやいやいやちょっと待て。今日告白するのは僕じゃなかったのか。というか気怠げな雰囲気を何時も醸し出している彼がなんでわざわざそんな事を。でもそんな彼だからこそ、これはつまり…冗談ではない。
と、いうことは。
「りょっ…両思い!?」
「ああ、まあそういうことになるな。お前、俺のこと好きだもんな」
なんでもないような顔でとんでもない事を言い放つ彼に僕はまた一言も返せない。
「なんだよ、あれだけ分かりやすかったくせしてさ。俺も人のことは言えんが」
僕だって自分たちの間に漂う空気には気づいていたのだが、その上をいってどうやら全てお見通しだったらしい彼はもうどんな顔をしているか自分でも分からない僕の顔を見てくす、と微笑む。その顔も可愛いなあ、とか思いながら僕はかなりの混乱をきたしていたのだろう。
「何だよ、嬉しくないのか?」
少し拗ねたような顔で聞いてくる彼に、
「いや、でも、今日は僕が告白するはずだったので…」
だなんて、うっかり言ってしまったのだから。
一瞬後、ああ言ってしまった、と急いでチョコレートから手を離し、鞄から手を出したけれどもう遅い。僕の手と入れ替わるように鞄の中に強引に差し入れられ、出てきた彼の手が掴んでいたのは、昨日こんな事になるとは露ほども思わずに購入したそれだった。
にやり、と彼が笑う。
「なんだ。お前も同じ事考えてたんじゃないか」
さあ俺は勇気を出して今までついぞ言ったことのない性に合わない事を言ってやったんだぞ、お前も言うべきことを言わないと割に合わん。というわけで、言え。
畳みかけるように言ってくる彼の言葉。
もう、従うしかないじゃあないか。
しかしいざ好きです愛してます、と返したついでになんとなく何かやっておきたかったので彼の頬にキスをすると、さっきまでの余裕のある態度はどこに行ったのやら、自分が言えと命令したくせに彼の顔は真っ赤になって、僕はそのかわいらしさにまたさらに色んなところがやられてしまったのだった。
End
後書きです。読んでやろうという方は→から←までを反転でどうぞ。
→生チョコの美味さが書けなかった…!(そこか)
というわけで、十四日を四日ほど過ぎてのバレンタイン小説です。
ついでにツンデレキョンがチョコレート、みたいなフラグは折ってみました。しかし古泉があまりにポジティブだ…。キョンちょっと入ってる上に導入長すぎる…。しかもこのキョンは最早男前というか千里眼というか…。
題名は何となくです。後日談も一文ぐらい入れてみたかったのですが…蛇足かと思って削ってみました。『後日、チョコレートも美味しかったですがあなたも味わってみたいです、と言うと彼に殴られてしまったけれど、それでも僕は彼の顔が赤いので、幸せな気分になった』みたいな。…ちょいと表現が妙ですね、この一文…。
そんな感じですが、楽しんで頂けたなら幸いです。読了ありがとうございました!←
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