Ce n'est pas aucun usage qui pleure sur lait du spilt. 前編
社会人になり家を出て、一人暮らしを初めて一ヶ月。
いざ一人暮らし、これで家族に煩わされる事もなくなるぞ、と意気揚々と暮らし始めたはいいものの、いざ生活になれてくると…なんというか、こう、寂しいというか何というか、な気分になったので、道ばたに落ちていた子猫を拾った。
にゃーん、と泣いている切なさにほだされ飼い始め、そして早くも半年が過ぎ、部屋と俺の意識にすっかりその茶色い毛並みは馴染んだ。
……はずだった、よな。
俺は俺にそう確認しながらベッドの上で体を起こし、腕の中の『そいつ』を見る。イツキ、と名付けて可愛がっていたはずの猫。昨日もいつも通り布団の中に潜り込んできた茶色を抱きしめて眠りについた。そのはずだったのだが。
「…何このファンタジー」
茶色の髪。長い睫。白い肌。嫌味なほど整った作りの顔、そして一糸まとわぬその体。年は十歳ほどに見える。
なにより、…その頭についている髪と同じ色の猫耳。ひっぱったら目を覚まさないまでも痛がるので神経が通っている事は確実である。
人間に見えるが明らかに人間ではない、猫耳美少年がそこにいた。
その長い睫がぴくりと動き、琥珀の瞳が開かれる。茫洋とした瞳がゆっくりと辺りを見回し、俺の顔を見て、はっと焦点を定める。
「…おはようございます、キョン君」
お前までそう呼ぶか、我が猫よ。
たまに我が家に押しかける妹が教え込んだであろう忌々しいあだ名に頭を押さえながら、そいつに確認の意味を込めて、イツキ、と呼びかけると、何ですか、と答えが返ってきて、俺は俺の腕の中で起こったであろう不可思議現象を受け入れるしかなくなった。
ごめんなさい、そういう種類なんです。お望みなら猫にも戻ります。
すぐ貴方ぐらいの大きさになって、手伝いも出来るようになりますから。
―――捨てないで下さい。
そこまで言われて人型の動物を捨てるほど俺は鬼畜でもないしもとより捨てる選択肢の浮かぶ性分でもなく、俺はイツキを受け入れた。そういう種類とはどういう種類だ、と聞いてみたが、他の猫より長寿で人間ぐらい生きられて、成長後は飼い主と同じ年齢ぐらいになる、と言う事だけしか分からなかった。親がいないにしてはやけに詳しいな、というと、分かるんです、何となく、ね、と人差し指を唇に当てて片目を閉じるという妙な仕草をしやがったので俺はそれ以上の問答を止めた。
それにしても、猫も癒されたが、猫耳がついていても人間の声がおかえり、と言ってくれるのは大分良い。
しかも驚いた事にその後一年で猫耳美少年はみるみる猫耳美青年になり、いつの間にやら猫耳を隠す方法も身につけ、すっかりあたりに馴染んで我が家の専属主夫となった。
月日はすぐ過ぎ早三年。うららかな日差しが我が家に差し込む、そんな季節。
近所の猫の鳴き声がうるさくなったと思ったら、イツキの様子がおかしくなった。
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