雨が降っている。かろうじてその建物の屋上のふちをつかんだ俺の手はその冷たさにかじかんで最早俺の命と体は宙に浮いていた。
「…無様ですね」
 それでも必死に這い上がろうとする隙もなく古泉がまさに俺がしがみついているあたりに立って見降ろして嗤い、ためらいなく俺の手を踏みつける。その激痛に叫びを上げれば古泉はまた再び愉しそうに笑い声をあげた。
「はは…、僕の勝ちだ。僕の仲間を殺した貴方に僕は勝った」
 ぐりぐりと俺の手を踏みつけ笑う古泉に俺は抵抗もできない。それとともにどんどんてからは力が抜けてゆき、俺の体はずり下がって全身の傷が痛みを発し視界が揺らぐ。
 死の恐怖が背筋を駆けあがり、俺は思わず助けてくれと叫びそうになるがしかしそれにはもはや体が限界だった。ここで俺は終わるのか、と思った時、古泉がう、と呻き声をあげ、それとともに俺の体は屋上へと引きずり上げられた。げほげほと衝撃と襲ってきた吐き気や空気を吸収しようとする肺に翻弄されながらも古泉を見返し、俺は絶句した。
 今までもひび割れ始めていた古泉の皮膚の亀裂がさらに大きくなりじわりじわりと古泉の服から雨に乗って赤い液体が流れ出てゆく。それでも動けない俺を睥睨し、古泉は不敵に笑い――そして再び口を開いた。
「僕は今まで、貴方達人間は見た事が無いであろう光景を見てきました。
 オリオン座の近くで炎を上げる戦闘艦、闇に沈むタンホイザーゲートの傍らのCビームの輝き。
 そんな記憶も時とともに消えてしまう。―――雨の中の涙のように、ね。
 僕も死ぬ時が来た。そういうわけですよ。」
 言い終わって終わってまた一つ笑い、古泉は電池の切れた玩具のようにがくりとうなだれ、最早指一本動かなかった。そして再び彼が動きだすことは永遠にないであろうことを俺はよく知っていた。
 まさに俺が動き出そうとしたその時、ばさり、とどこからかハトが羽ばたき、曇り空へと舞い上がり、上へ上へと白い体で飛んで小さくなってゆく。
 そうしてじきに見えなくなった時、俺は自然に瞑目していた。それはレプリカントに対するものとしてふさわしくないのかもしれない。実際俺にだって自分が祈っているのかどうか分からないのだ。
 再び目を開いたとき、停止したミルク色の髪の美しいレプリカントが未だ立ち尽くしているのを想像して、俺は思わず声を漏らす。
 顔に当たる雨が、やけに冷たく身に染みた。





respect:Blade Runner(1982)--write:2009.8.8

名作・ブレイドランナーの名シーン・名セリフを古泉とキョンで再現したくなった…んです…。なんだかすいませんでした。とりあえず原作は必見だと思います。元シーンでジワリと感動が染みてくるのです…